コンピューターは便利だ。
書き換えは簡単だし、どんな長文も簡単にコピーできる。 一瞬で保存できるし、検索も高速だ。
しかし完璧に見えるコンピューターもただ一点、手書きに敵わないところがある。 それは、自由さだ。
手書きであれば頭の中のアイデアをまとめる為に、文字のみならず図や絵を使って自由に描く事ができる。 書き出した絵の編纂もまた簡単で◯で囲って結んだり、矢印を使って関連付けたりする事ができる。
頭の中に浮かんだアイデアは砂金に等しいのかも知れない。 それらはともすると手のひらの隙間からこぼれ落ちてしまう様な代物だ。
これらを一つ残らず余さず、まず形を与えてやるには現代のコンピューターでは足りない。 という事を切に感じたため、最近は常にノートを持って歩く事にしている。
何かアイデアや、書き留めておくべき事が出来たら、すぐに書き込んでしまうようにしている。
人は忘れる生き物だから
物を書き留める理由は2つある。
一つは、書き留める事でその事を頭の中から忘れてしまえる事。 もう一つは、書いた事を土台にして更に積み重ねられる事。
頭の中に浮かんだ議題をまず紙に書き、それに関連して思い浮かんだ事も書き加えて行くと、材料が出揃ってくる。 それらを紙面で組合せたり分類したりする事でアイデアが練られてゆく。
手帳もいいけど、自分には合わなかった。
今使っているB5ノートのサイズに行き着く前には、B6サイズくらいのメモ帳を使っていた。

前に使っていたノート
しおり紐がついてなかったのでわざわざ接着剤で取り付けて使っていた。 しかもこのノート、結構お高い。 外側が頑丈な厚紙で出来ているからか、三色ペンを挟めるようにリング部分が太いからか、一冊800円くらいする。 この値段がネックになり生来の貧乏性のせいか、思いついたものをバンバン書き留める事に無意識的に抵抗を持っていた様に感じる。 このノートには「本当に重要な事しか書くまい」と言った感じだった。
でも本当に重要な事というのは、一見重要そうに見えない些細なものである場合も多々ある。
全てを書き漏らす事のないように、遠慮なく書く事のできる媒体を… そう感じていた時に見つけたのがこれだった。
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