日記

祖母の命日

先日、3月のよく晴れたある日、祖母が亡くなった。

これにて私にはもう祖父母は一人も居なくなってしまった。

父方の祖父は私が生まれる前にすでにこの世を去り、祖母は私が小さいころに逝去してしまった。

だから、私の記憶の中の祖父母とは、すなわち母方の祖父母を指すことになる。

私の祖父母はカトリック教徒で、祖母は毎週日曜日に開かれる教会のミサにほぼ欠かさず顔を出していた。

私達子どもはそのミサの1時間前から開かれる「日曜学校」という教会にまつわる事柄を勉強するための集まりに顔を出すのだ。

これらのことを滞りなくこなすために、私と兄は毎週土曜日には祖父母の家に泊まりに行くのが常だった。

祖父母の家に至る坂道

当時はまだ学校の週休二日制が始まっておらず、土曜日は昼までの学校の授業をこなし、一休みしたあと4時ごろから祖父母の家に向かった。

幼い頃から何度も見た石垣

祖父母の家は山の上にあって、祖父母宅についてから風呂に入るとき、風呂の窓から見える夕暮れの山の景色を見るのが好きだった。

更に階段を登ると見えてくる祖父母の家。
晴れの日には木漏れ日の美しい道だった。

大叔母とよく一緒に入った風呂場。

風呂から上がると、当時祖父母と一緒に暮らしていた、これまた大好きな大叔母と一緒に近所の商店に行って好きなだけお菓子を買ってもらうのだ。

夕食には必ず私達の好きなメニューが出てきた。

特に今でも孫たちの語り草になっているメニューの一つに甘いカレーがある。

どれほどの砂糖を入れればあの甘さになるのか。

しかし今思えば、祖母の生きた戦後の時代は物資不足で貴重だった砂糖を、孫たちには思う存分味あわせてやろうという優しさだったのかもしれない。

なにしろ私はそのカレーが好きだった。

祖母と大叔母がいつも立っていた炊事場。
私には床の模様と磨り硝子の模様が、
完璧に調和しているように思える

飯を食ったあと、風呂上がりの祖母が鏡台の前の丸椅子に座って、顔や体に保湿を施すローションを塗っている姿を見ていた。

祖母は風呂から上がると三面鏡の前の丸椅子に座った

朝に聞こえるホーホー↓ホー↑ホー↓という鳴き声は鳩のものだったと知ったのは随分あとのことだった。

鳩の鳴き声の響いた庭

朝食、家では一回の食事に付き一袋しか許されない味付け海苔が、ここではいくらでも食うことを許された私は、祖父母好みの少し緩い米を海苔に少しずつ乗せて食べていた。祖父母宅の海苔は毎回大量に消費された。

当時は永遠とも思えた、
振り返ると一瞬だった時間を過ごした茶の間

そして準備をして教会に向かう。

毎週日曜日に教会に通う私は、他の友だちがみんなチェックしている日曜朝のアニメを見ることができないことには大いに不満を持っていたが、それにもまして教会に通うモチベーションを維持出来たのは、祖父母と大叔母の優しさのおかげだった。

私は毎週祖父母の家に泊まりに行くことを楽しみにしていた子供だった。

返す返すも、何もかもが眩しかった黄金の時代である。

あの頃、私は誰よりも幸せな子供だったと思う。

それから、大叔母が亡くなり、祖父が亡くなり、いつしか祖父母宅の茶の間は随分広くなってしまった。

まもなく祖母は叔母の家に移り住み、この家に住む者は誰もいなくなった。

祖母は施設に入ったあとも、ずっとこの家に帰りたがっていた。

そのうち私には子供が生まれたが、新型コロナウィルスの流行によって、結局祖母は一度も私の子供を抱くことなく、この世を去った。



あの頃とはいろんなことが大きく変わってしまった。

あの頃、最高に特別に思えた山の上の家も、大人の目線になって見ると車道の隣接していない市場的に無価値な土地で、そこに建つ家にもまた値はつかない。

変わることのないのは、この胸の中にある思い出だけである。

みんなが揃って過ごしたあの茶の間の風景を、私は死ぬまで忘れないだろう。

住んでいたものは誰も居なくなり、この家もじきに解体されてしまうけれど、目をつぶれば私は、いつでもここに帰ることができる。

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