こころ

人と宗教 – 私たちはどこから来たのか

神像を作ってみんなで拝む猿や

祈りを唱えるイルカとか

いたら面白いと思うんですけど、まあいないんですよね。

彼らは宗教を持たず、我々には宗教があります。

つまり宗教というのは、人間と動物を分ける重要な要素のようです。

そしてどうやら、人間の歴史はほぼそのまま宗教の歴史といってもよさそうです。



人類史様より引用

上表でわかる通り、私たちの直接の祖先が生まれたのがおよそ250~160万年前。

現代型のホモ・サピエンスに至るそれまでにたくさんの人類が存在していることがわかります。

むかし、人類は結構にぎやかだったのですが、なぜ今はホモ・サピエンスしか居ないのか。

答えは簡単でホモ・サピエンスが他の種を滅ぼした、もしくは吸収してしまったからです。

ホモ・サピエンス以外の人類種として最後まで生き残ったのはネアンデルタール人で、彼らはホモ・サピエンスよりも体も脳も大きかったと言われています。

肉体的なポテンシャルはホモ・サピエンスよりも高かったネアンデルタール人がなぜ、生き残ることが出来なかったのか。

この鍵がどうやら宗教にあるようです。

宗教がつないだ血縁を超えた関係

ホモ・サピエンス(人間)は他の人類に比べてもっとも優れた想像力を持っていました。

優れた想像力はたくさんの物語を創り出し、人間がその中で生きることを可能にしました。

これがネアンデルタール人に対して肉体的には劣っていた人間の武器でした。

この力をつかって人間は神を創り出し、群れ全体がその神のもとに生きる物語を創り出すことによって、血縁を超えた結びつきを得ることができました。

一方他の人類は、血縁関係に依存する小さな群れしか築くことができませんでした。

このことが人間とネアンデルタール人の運命を分けました。

群れのサイズの大小は戦いの勝敗に決定的に影響し、かくしてホモ・サピエンスはネアンデルタール人を駆逐しました。

そしてこの人間特有の能力は、まさに私たちの文明の基盤になりました。

地域、企業、国家、あらゆる共同体は、本来実体をともなわない幻想ですが、たしかに私たちの生活の中に現実感を持って存在しています。

これは人間の想像力によって得られた、ある種の宗教であり、信仰心のたまものなのです。

封建社会を支えた宗教

ネアンデルタール人との戦いから時は流れ、今から約2万年前に人間は農耕をはじめました。

これによって人間は、その史上初めて食料が余るという状況に遭遇することになります。

そしてそれと同時に、働かなくても食える人間が現れました。

つまり、王や貴族の誕生です。

はじめ、王は単に力が強い者であるだけだったのですが、それだといつかさらに強い者に王の立場を追われてしまうことになります。

王たちは一族の永遠の繁栄を図るために、自分たちこそが人々の上に立つにふさわしい人間であることを証明せねばなりませんでした。

最も優れた血族であることを永遠に保証させる。そんなことができるのは神だけです。

そこで王は呪い(まじない)師を雇って、神を証人にすることにしたのです。

王と神官。

お互いがお互いを補強しあう蜜月の関係は長く封建社会を支えました。

宗教からの脱出? 科学の夜明け

更に時は流れて16世紀。

封建社会を維持するためには当時のメジャー神であるキリストの絶対なる権威が必要不可欠であったので、歴代の王たちはキリスト教の聖典である聖書を絶対視するような社会を作っていました。

森羅万象のことはすべて聖書の中にあるという前提で、ひとびとは世界のあらゆるものの答えを聖書の中に見つけようとしました。

しかし次第にそれでは色々なことの説明がつかなくなっていきました。

そしてついにひとびとは、聖書に書かれてあることがすべてではないと気付きはじめてしまったのです。

これまで教会が支持してきた地球を中心に宇宙が周っている「天動説」ではなく、地球を含む惑星たちは太陽を中心に周っているという「地動説」こそが真実であると唱える人が出てきました。

これは教会の権威、ひいては神と王族の権威を脅かすものだったので、宗教 = 王サイドは激しく抵抗しますが、その努力も虚しく、封建制度は「科学」の発見によって崩壊してしまいます。

信じるものがあるところに宗教は生まれる

封建制度の崩壊とともに、もうひとびとは神を信じなくなったのか、というと全くそうではなく。

科学を駆使して外側を探してもついに神は見つからなかったので、いなくなった神の空席を埋めるようにヒューマニズムという考え方が生まれました。

私たちの感受性やそれに伴う芸術性、経験、感情、魂などとよばれるもの、それ自体が絶対であり、神だという考え方です。

かつてひとびとは神の教えに従って生きていましたが、その教えが陳腐化してしまった今、ひとびとは己の内なる声に従うようになったというわけです。

たとえば、いまから目をつぶって5分間何も考えないでください。

実際にやってみるとわかるのですが、基本的には無理です。

思考というのは止めようと思って止められるものではなく、この止まらない思考の声、これこそがヒューマニズムの源泉で、自由資本主義社会下においてもっともメジャーになりつつある神であり、宗教です。

また、上の共同体の例でも延べたように広義の意味での宗教は至るところに存在します。

人間がその行動の指針とするもの、すべてが宗教だと言っても差し支えないと、私はおもいます。

逆に考えると、人間は宗教抜きには行動ができない、とも言えるのかもしれませんね。



人間が物語を紡ぎ続けるかぎり、そこには必ず宗教が生まれてしまうようです。

そして通常人間は物語を作らずには決して居られないという習性も持っています。

動物と人間の違いもまさにそこなんでしょうね。物語を語ることのできる動物はいません。

さてしかし、さらに未来においてはどうなるのでしょう。

人間は自らの構造を科学の力によって探求し、いつか自分の好みさえもデザインできるようになります。

そのとき、人間の内なる声によりどころを求める人間のこころはどうなってしまうのか。

私自身としてはたぶん、それはべつに大した問題ではなく、それでも人間はあっけらかんと幸せに生きるのだろうなと思います。

結局はそれらすべても、神の思し召しのもと、というわけです。



本日もG線上のきりんにおこしいただきありがとうございます。

最近とつぜん冷え込みが厳しくなってきましたので体調にはお気をつけて。

皆さんのご健康と幸せを祈っています。

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