こころ

さよならの豚にありがとうの歌を

先日、車で道路を走っていたら、目の前に豚さんを運ぶ車があらわれた。

2階建てのトラックの1階部分に、豚さんたちは身を寄せあって、荷台から外を眺めていた。

私はといえば、妻を助手席に乗せてのんきにドライブをしていた。

あまつさえ私の胃袋はさっき寄った店で食った豚の角煮でいっぱいに膨れていた。

少し速度を上げると、豚さんのつるっとしたピンク色の肌がより鮮明に見えたので、私は思わずアクセルを踏む足をゆるめた。

私は今ご機嫌に、快適に道を走っている。

車窓には、太陽こそ隠れていはいるが新緑にもえた美しい自然が広がっている。

しかしあの荷台に乗っている豚さんたちはどうだろうか。

私達が走る道は、たしかにこの街の屠殺場へとつながっていた。

これはおそらく彼らにとって最期のドライブになるにちがいあるまい。

豚さんたちは命の奇跡に恵まれて生まれ落ち、母豚と別れ、兄弟たちと別れ、飯はたらふく食えたのだろうけど、今日のこの日にトラックの荷台に乗せられて最期の日を迎えるのだ。

そんなことを考えると、涙が出てきた。

悲しいのは、私のモノサシで彼らの気持ちを推し量ろうとするからだけど、

大人しく荷台に並び、檻の隙間から鼻を出して外の香りを嗅ぐ豚さんたちが、せめて今は、初めて経験するだろう走るトラックから、感じる世界に意識を奪われて

これから起こることを考えずに居られたらいいな、とか。

もしも、次の命にあずかることができたなら、きっと素晴らしい生涯を送ることできますように、とか。

そういうことを思って、おっさんは隣に座る妻に気取られぬよう、鼻をすすったのだった。

豚さんはどうしようもなく美味しい。

それこそ、豚さんがいない世の中なんて考えられないほどに。

だから本当は、運ばれてゆく豚さんたちを見て悲しい気持ちになることは許されないのだろう。

これからも豚さんを喰らって生きる自分は、それにふさわしい冷酷さを持つべきなのだろう。

しかし、気持ちと行動は矛盾をはらんだまま、私は今日も生きてしまうのだった。

申し訳ないって思ったらどこまでも申し訳ないから、ありがとうって思う。

そんなのは欺瞞だと言えばそれまでだけど、繰り返せばそれが本当になるかもしれない。

本当になるまで繰り返すしかないなあ。

だからこれからは、肉を食べるときは一回でも多くのありがとうを思おう。

そんなことを考えていた。

 

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