こころ

わたしは今日も自由という名の夢を見る

宇宙のはじまりのこと

今から138億年前にビッグバンという現象が起こったという。

何もなかった無の中の1点に突然、この世のすべてが生じた。

狭い狭い空間に押し込められたこの世のすべては、その圧力によって大爆発を起こす。

そしてその爆発は138億年経ったいまも収まることなく、広がり続けているという。

その爆発が宇宙だという。

らしい。



荒唐無稽で冗談のような話だが、頭のいい人達が真剣に考えて導き出した、現時点において最も信憑性の高い宇宙の起源の話だ。

そして、この話が本当であれば、私達に自由意志はないということになるのかもしれない。

ビッグバンは、ちょうどビリヤードのブレイクショットの様なものだ。

並べて配置された玉たちに向けて、白玉が当たる角度と強さの要素さえあれば、すべての玉の最終的な配置は計算で求められてしまう。

ビッグバンにも同じことが言えるのではなかろうか。

最初の爆発の時点で、すべての要素の行く先は決まってしまっているのかもしれない。

ただ、本当に現実世界の最小単位である原子や素粒子がビリヤードの玉のように動くかはわからないらしい。

この世界には「不完全性定理」とか「不確定性原理」とか、すべてのシステムは不完全で、必ず同じように再現するわけではないという、よく分からない難しい話がある。

つまり、世界の物事はどうしても確率にともなうランダム性というものを排除できないということだ。

コンピューターにおけるランダム(乱数)

コンピューターゲームをやったことのある人ならわかると思うが、ゲームにはランダムが付き物だ。

かんたんな例だと、ゲーム内のサイコロの出目が毎回違うのは、コンピューターが作り出すランダム(乱数)のおかげ。

しかしコンピューターと言えど、何のきっかけもないところから本当の意味での乱数を作ることは難しい。

そのため、コンピューターは「シード(種)」と呼ばれるものを使って乱数を作り出す。

このシードには、コンピューターの内部時計が用いられることが一般的だ。

コンピューターが時間のみをシードにして乱数を作り出す場合、コンピューターが何台あろうが同じ内部時計の瞬間に乱数を生成させると全く同じ値が出るということになる。


もちろん色々なシードを使って乱数を生成すれば、より乱数っぽい乱数ができるわけだが、ここでは「条件が揃えば、乱数は同じになる」ということを言いたい。

つまり、現実世界では時を巻き戻すことができないため、試行をするたびに違う結果が出てしまうが、すべての試行を同じ場所、同じ時間で起こすことができれば、毎回同じ結果になるのではないかな、と妄想してしまう。

これを実証する術はいまのところないと思うが、もし私が思う通りならば、やはりビッグバンの瞬間にこの宇宙の行く末は、完全に決まっていたということになる。

すべてのことが既に決まっているなら

宇宙の始まりから終わりまではすべて収録済みのフィルムのようなものだと言える。

そして私達はそこに登場するキャラクターだということになる。

普段、日本国民であれば基本的には自由な暮らしを謳歌することができる。

好きな場所に住み、好きなものを食べ、好きな時間に眠るし、好きな人と連絡を取って遊ぶ。

しかし、好きなタイミングで好きにやってるつもりのこれら全ては、宇宙の起源の瞬間に既に決まっていることなのかもしれない。

私達の脳内の思考も、その正体はシナプスをめぐる微弱な電流(物理現象)であり、それらはすべて138億年前のビッグバンの影響から逃れることができないのだから。

であれば、ついに私達には一切の自己責任というものは存在しないのであった。

そのとき、私達はあらかじめ決められたフィルムの中を泳いで、その景色を感じるだけの生き物なのだ。

何でも自分ごとに捉えること、すべてのことは自己責任であること、時間を無駄にしないこと、そうすれば人間的にもっと成長できるだろう、とかいうこと。

こういった世の中の資本主義的な風潮にもしも疲れてしまった時には、その裏側にあるすべてが既に決められているという可能性に目を向けてみるのも良いのではないかと思う。

僕たちはきっと大丈夫だ

先日、「天気の子」を約一年ぶりにレンタルして見たのだけれど、その最後のセリフが「僕たちはきっと大丈夫だ」だった。

スクリーンが暗転するとともにふと志村御大の顔が浮かんだ。

まあ、すべてが既に決められているのであれば、いまさらジタバタする理由があるだろうか。

ただ目の前に流れる景色を、ただ感じて楽しめばいいのだと思う。

そういう意味では、大丈夫なこともぜんぜん大丈夫じゃないことも大丈夫な気がしないでもない。

何もない空間に突然すべてが生まれて爆発が起こるような世界だからこそ、何が起こっても大丈夫な気もする。

全てがすでに決められているからこそ、私達は私達の好きな人生を選択できているような気もしはじめる。

このあたりの論理の飛躍は、言葉でうまく説明できないのだけれど、基本的にはじめから最後まで妄想で埋め尽くされたこの駄文を締めくくるにはちょうどよい間抜けさだなと我ながら思ったのだが、皆さんはどのようにお感じになられただろうか。

ここまで呆れずに読んでくださった皆さんへの感謝とともに、このエントリーを閉じようと思う。

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