日記

海、耳抜きの実際が分かった34歳の夏

小学生の頃には毎年夏休みになると、フェリーに乗って崎戸という島に渡ったものだった。
父の高校時代の友人がその場所で漁師を営んでおられたので、数日間そこに泊めて頂いて、海のレジャーを存分に楽しませてもらったのだった。

ボートで沖に向かい海に潜ってアワビやサザエを手づかみで捕らせてもらっていた為に、ちょろっと海に潜りさえすればどこにでも、アワビやサザエはいくらでも居ると思っていた。

あれは実は養殖されていたものだったと気づいたのは高校生くらいになった時だったと思う。

当時の私にとってアワビやサザエを捕獲するまでがレジャーで、捕獲したそれらを大人たちが嬉しそうに炭火で焼いているのを見ても、まったく食指は動かなかった。今だったら小躍りしながらビールとともに胃腸に流し込んでいるだろうと思うが、その頃はまだ実に残念なる子供口だったというわけだ。

思えば酒を飲みはじめてからかなり味覚が変わったようだ。昔は魚を食うなんてあり得ない事だと思っていたが、気がつけば最近は秋になればサンマが食いたいなどと思うようになってきた。

先日も「秋のサンマ焼き会」的なBBQに、サンマを手に入れられなかった私はししゃもを持参の上参加させてもらったが、人の情けでなんとかありつける事のできたサンマのうまさと、空に輝く月を見て「花より団子」ならぬ「団子よりさんま」というような風情を感じたものだった。

話は戻るが、この崎戸連泊時代に私の素潜り技術はかなり高められ、おかげで今でも海に行くとかなり深いところまで潜る事ができる。

近所の海水浴場には浜辺から少し離れた、足の付かないくらいの水深の場所にイカダが組んであるのだが、このイカダから飛び込んでイカダ直下の海底を探索するのが、最近の私の毎年の楽しみである。

イカダの上から落としたのであろう、ゴーグルや水中メガネ、シュノーケルなどが海に行けばほぼ毎回イカダの下で見つかる。落とした人には可哀想であるが、このまま海底に沈んでいても意味がないので、見つけたら頂く事にしている。

いつか「金のネックレスやダイヤモンドなどを見つけてしまったらどうしよう」などと思う事もあるが、幸いな事にまだそういう事態に出会った事はない。

本日もG線上のきりんにおこしいただきありがとうございます。

実は耳抜きのやり方を皆さんに伝えたくて、このエントリーを書きはじめたのですが、一番最後になってしまいました。

自分はいままで耳抜きとは「口をつぐみ、鼻をつまんで息を吐くこと」だと思っていたのですが、「口をつぐみ、鼻をつまんでツバを飲み込む」方が断然耳抜いた感じがする事に今年気づく事が出来ました。

 

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