人間関係

背中合わせの優しさと臆病さ

ぼくは基本的には人に対して「それは間違っていますよ。」ということは言いません。

どんなことでも、やってみることで、そこから何かを見出すことができると思うからです。

なので、ぼくは人のやることについて、ああだこうだ言いたくないなあと。

加えて、けっきょくのところ人は、自分で得たと思われる答えでなければ大切にしないのだろうなあと思います。

これは、ぼくにも経験があります。

あなたはそう言いますが、わたしはわたしで、とりあえず行ってみようと思います。と。

けっきょく結果はどうあれ、自分自身もそのとき行ってみてよかったと思っています。

なのでまあ、みんな各々、好きなように生きたらいいんじゃないかなあ。

というスタンスで自分はいるのだと、自分では思っていたんですが、なんか最近そうじゃないのかもと思えてきました。

ぼくは、嫌われたくないだけなのかもしれない。

ぼくは人に苦言を呈して、嫌われてしまうのを恐れているのかもしれないな。と。

この「人から好かれたい」と思う気持ちとか、「人から嫌われたくない」と思う気持ちって、なかなかに根が深いものです。

おそらく、人間は群れをなして生きる動物なので、DNAレベルで刻み込まれている衝動なのでしょうが・・・。

正直、ぼくは「人から好かれたい」と思う気持ちはまだしも、「人から嫌われたくない」っていう気持ちはクソだなーと思います。

「嫌われたくないから◯◯する」「嫌われたくないから◯◯しない」ってもう文面からしてダサいというか。

かといって、短絡的に「あなたのことを思って言いますが、〇〇のほうがいいと思いますよ」と言ったところで、相手がその結論をすでに自分の中にもっていない限りは響かないわけです。

なので、結局のところ、ぼくが他人にどうこう言う意味なんてあんまりないんですよね。

でも、本当に大切な人にはやっぱり言っちゃう。

そのときは、嫌われたくないから、とか好かれたいから、とかじゃなくて、自分なりに本当にその人のためを想って言うわけです。

相手をコントロールしようというつもりではなく、提案として語りかけたいわけです。

そういう場合はわりと伝わることもあるのかなあとも思いますけど、伝わらない場合も多々あります。

ぼくはその時、言葉でどうこうすることの限界を知ります。

その時、少なくともまず自分が、自分の考えるかっこいい生き方をする他ないのだと知るのであります。

本日もG線上のきりんにおこしいただきありがとうございます。

img_8004

かっこいいのか悪いのかっていうのが自分の生き方の一つの大きな指標になるなあと。

かっこ悪いことはしたくないのです。

でもかっこ悪いことを避けることで余計にかっこ悪いことになったりするので、なかなか一筋縄ではいかないのですよ。

 

この記事が気に入ったらいいね!しよう
🍀

更新情報をお届けします

関連記事

  1. 日記

    人がよく生きる為に気をつけることは、たった一つで十分だよね。

    人生の目的というと大げさかもしれませんが、僕は昨日の自分よりも今日の自…

  2. キャンプ

    七ツ釜キャンプ場に泊まってきたので現地の写真とお話

    2019年11月4日、テントを購入して初めてのキャンプ場として佐賀県唐…

  3. 日記

    死について

    ひところ、今現在生きている人間の数はこれまでに死んだ人たちの数…

  4. 日記

    ネガティブな事には同じだけポジティブな要因が潜んでいる。

    先週大阪にいたんですが、さすがは「くいだおれ」発祥の地でありました。…

  5. ニュース

    Appleが広告ブロック機能を標準搭載した事で変わる、これからのネットの未来

    AppleがiOS9に、標準で広告ブロックを搭載したらしいですね。…

  6. 日記

    将棋の一戦の中に見る、人間の知恵と哲学

    近頃は将棋を打てない人が増えているようなので、将棋の話などをしても共感…

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

最近の記事

スポンサーリンク

  1. 日記

    近況報告的日記
  2. Mac

    Macbookの保護の為に、最初にこれだけは買うべきもの
  3. 健康

    早起きの習慣がほしくて、早起きについて調べたこと、そして感じたこと。
  4. 日記

    「日々を大切に生きる」の具体的なこと
  5. レビュー

    Amazonプライムビデオのアバターを見たら、結構おもしろかった件
PAGE TOP