エッセイ

いちばん近くて、いちばん遠い、自分自身。

「みんなが決めたからそうする。」

ということが社会にはとてもおおいです。

そういうことはどういうものかというと、時代によって変わってゆくものです。

たとえばその最たるものとして、法律があるとおもいます。

法律は時代に合わせてどんどん変化しています。

少し時代をさかのぼれば、人間を奴隷にしても大丈夫という法律が世界中でまかりとおっていました。

法律だけじゃなく、風習や言葉もかわってゆきます。

そういえば、目上の人に「ごくろうさまです」と挨拶をするのはマナー違反だという主張をいつのころからか耳にするようになりました。

しかし、むかしの文献などを見てみると、目下のものが目上の人に対して「ごくろうさまです」と言っていた史料があるらしいですね。

誰かの確認ミスで、なかなか「ごくろうさまです」のいいにくいことになってしまった。

言いまちがいが正しいとなった例や、いみが間違って伝わって広まったりした例もたくさんあります。

ともすれば人は、すぐに白黒をつけたがるものなので、こういう、時とともに変わりゆくものはなんだか不安定で、価値がないように思えてしまうこともありますが、やはり無視はできないものです。

しかし逆に、永遠に変わらないものはなんだ、と考えてみたときに何も見つからないなあとも思ってしまいました。

それどころか、全てのものごとはひとそれぞれ、見方によってどうにでも変わってしまうように思えます。

何もはっきりしたことはないのだなあと。

いやひとつ、はっきりしていることがありました。

それは自分が自分であるということですね。

自分の体験は、まぎれもなく自分だけの体験です。

デカルトという人がかつて「我おもう、故に我あり」という言葉を残していることを思い出した次第です。

本日もG線上のきりんにおこしいただきありがとうございます。

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自分自身を客観的にみるのはとてもむずかしい。

いちど完全に他人になって自分を見てみたいものですね。

しかし他人の目で自分を見て、その後自分に戻ったとして、それは本当に自分に戻ったと言えるのでしょうか。

この考え方でいうと、1分前の自分が本当に自分であるかどうかも定かでない感じになっちゃいますけどw

 

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