こころ

人は錯覚の中でしか生きられないけれど、それを選ぶことは出来る

先日、久々に友人たちと火を囲んでのバーベキューを楽しみました。
ここの所ずっと忙しかったので、こんなにのんびりした気持ちになったのは久しぶりで、本当に楽しい日でした。

その時に酔っ払って話した内容がちょっと印象的だったのでここに綴って置こうと思いました。

これが出来たら死ねるって事はある?

椅子に座って炭火を眺めていたら、友達が突然、「これが出来たら死ねるって事、ある?」と聞いてきました。
多分昔の自分であれば、何かしら、「あるよ」と答えただろうという気がします。
でも、今の僕にはないなあと思いました。
だから、「ないなあ」と答えたのでした。

思うに、「これが出来たら死ねる」という事は、それが達成できたとすれば、それはもう悔いなく死ねるくらいに楽しい嬉しいものなのでしょう。

であるならば僕はその時、逆に、「死にたくねえなあ」という気持ちになるんじゃなかろうかと。

せっかくこんなに面白くなってきたのに、ここで終わりなんて悔しいなあと感じてしまうのではないかと思うのです。

まあしかし、こうして今改めて考えてみると案外死ぬのも面白いのかも知れないですね。

幸せってなんだと思う?

それから友達は「幸せってなんだと思う?」と聞いてきました。
僕は「今ここにあるもの」と答えました。
友達は「そうだね〜、たしかに楽しいよね」と、皆が思い思いに過ごす目の前の光景を見ながら、笑って言いました。

僕には推察する事しか出来ないのですが、あの時彼は僕の「今ここにあるもの」という返答を違う意味で受け取ったのじゃないかなあと思いました。
つまり、「今日のバーベキュー楽しいね」という事を僕が言ったと思ったのではないかなあと。僕の言葉が少なすぎたので…。

その時僕が言いたかったのはつまり、幸せというのは、多分、どんなに酷い状況にあっても見つける事が出来るものなのではないかなあと言いたかったんですね。

幸せも不幸も、どちらも同様にこの世界を満たしていて、僕たちは、いつでもどちらでも選び取る事が出来るのだと思います。
ちょうど色々な電波が飛んでいる中で、あるチャンネルにラジオの周波数を合わせるように。

そういう風な考え方がある事は、以前から知っていた気がするんですが、最近はそれが肌感覚で分かって来たような気がしています。

僕たちは良くも悪くも自分の錯覚の中でしか生きる事が出来ないということを最近はつよく思いますね〜。僕らの心は「分かり合える」と「分かり合えない」の狭間で揺れています。

本日もG線上のきりんにおこしいただきありがとうございます。

事実は一つだとしても、その解釈の仕方は無限に用意されているという事は愉しいなあと思います。どんな錯覚の現実を生きるかというのは、本当にその人次第だと、最近はよく思うのです。

 

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