こころ

ほんとうに必要なものは、少ししかないから。ぼくはモノを捨てまくる。

ぼくはあまり、モノが好きじゃないのだ。

いや、これはさすがに少し言い過ぎか。

ようは、自分の周りが散らかるのがきらいなのだ。

なんで部屋が散らかるのか。それはモノがあるからです。ということである。

これは単純なはなしなのだけれど、自分の目の届く範囲が散らかっていると、集中できないのだ。

いや、これもちょっと違うか・・・。

たとえば、ぼくが何か集中するような作業にはいる前というのは、テスト前の勉強をする子供によく似ているのかもしれない。

「これから集中しなくちゃいけない!」という心理的プレッシャーから逃れるために、とりあえず掃除をはじめてしまうのだ。

これはある種の現実逃避なのだと自分でもわかっている。

そして、部屋が片付き、いよいよ逃避する先もなくなってから、ついに観念して作業に入るのである。

大抵の場合、いちどはじめてしまうと集中することができるのだけど、

ものごとというのは「入り」が実に大切な部分だと思っていて、

ここで上手く意識を集中状態に導入できないと、すぐに本を読んだりインターネットで遊んだりしてしまいがちなのである。

加えてぼくの中の「プロフェッショナルのイメージ」というものがある。

プロの道具は整っていて、作業場は整然としているもののはずだ、という。

今は、そういう部屋が、欲しいなあと思う。


ぼくは昔から、モノにはあまり執着のなかったほうだと思う。

フィギュアや人形などの類を欲しいと思ったことはないし、何かのコレクションをやったこともない。

洋服も、べつにそんなにこだわりはないのだ。他人が見て不快にならない程度に清潔でいられたらいいと思う。

欲を言えば、ぼくは寒がりなので、できるだけ暖かいものがいいなあと思う。

誤解を恐れずに言えば、ぼくにとってのモノの判断基準は、「便利で役に立つか、そうでないか」だけである。

こういう尖った言い方をすると、多方面からの軽蔑のまなざしを受けてしまいそうで少々緊張するのだけれども。

便利で役に立つモノというのは、より小さなスペースで、より丈夫で、多くの機能を持つモノという事かな? 

でもぼくは、ふわふわふかふかなものが好きなので、気づけば随分クッションや毛布のようなモノが増えてきている。

そしてこれらに関しては、貴重なスペースをゆずる事もやぶさかではないのだった。

本日もG線上のきりんにおこしいただきありがとうございます。

自分自身が現在、広くない家に住んでいるから、モノについて厳しい目で選んでしまうのかも知れない。

でも、ぼくの部屋は多分、広い必要はないんだと思う。

屋根裏のような場所に、机と椅子と、本棚と、パソコン。小さな窓があればいい。

窓辺には植物を置こう。

あとはカメラ用の防湿庫と、アコースティックギターも置こう。

 

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