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恐るべしスポーツハンティング。祈る暇があれば自分の頭と手足をつかおう

先日久しぶりに、今年40になる兄の厄払いの為という事で教会に足を運びました。

そもそも私は「厄」とかいう事を信じていないのですが、それで気分が楽になる人が居るならやったらいいのではないかというくらいには厄払いの事を支持しています。

まあ34歳である私の歯も突然欠けたりもするわけで…。

とつぜん尖った奥歯に脅かされた日常。己の舌のダイナミックさを知る34の冬

40歳ともなればあるていど身体の抵抗力が弱り、病気になる事も増える。と言うのが「厄」の実体だろうと思っています。

なんて事を心の中に思いつつも、兄の無病息災を願い手を合わせた1時間だった。というか教会で厄払いって出来るんだな・・・。

人間の罪をdisるのは神様disじゃないの

教会に居ると「ヒトの罪」という言葉がしょっちゅう聞こえてくる。

この罪というのはいわゆるアダムとイブ伝説によって作られた人間の原罪というもので、こういう内容です。

 神は天地を創造し、6日目に自分をかたどって土で人を造った。また、アダムの肋骨から女を造った。男の名はアダム、女の名はイヴ。ヘブライ語では土をアダマ、命をエバという。二人はエ デンの園で暮らしていた。神は「この園にある全ての樹の実を食べても良いが、善悪の知識の木の実だけは決して食べてはならない」と言った。

 ある日、エデンの園を歩いていたイヴは、蛇にそそのかされて禁断の木の実(善悪の知識の木の実)を食べてしまった。イヴはアダムにも食べさせた。すると、2人は自分たちが裸であることに気づき、恥ずかしさのあまり体をイチジクの葉で隠した。

 神は約束を守らなかった罪(原罪)により、二人を楽園から追放し(失楽園)、蛇を地を這う動物とした。女には産みの苦しみが与えられ、苦労して地を耕さなければ食料を得ることができなくなった。

http://www.vivonet.co.jp/rekisi/b01_create/created.htmlより

人間が禁断の木の実を食った事から、教会では生まれたての赤ん坊でも罪を背負って生まれてくる事になっているのです・・・。

うーんいやいや、ちょっとおかしくないか?

全知全能であるカトリックの神様は、なぜそもそも人間が罪を犯せる身体に作ったのか。

全知全能ということは文字通り、なんでも知ってるしなんでも可能な訳なので、そんな神様ならば、イブが禁断の木の実を食べる事なんてアダム作る前から分かってたはずです。

「神は人間の事を試されているのだ」という意見もあるでしょうが、全知全能の神は実験する前から結果が分かるのだから、試す意味もないです。

だから人の罪を責めることは、それはすなわち、その仕様をさだめた神様の設計を責めることになりますよね。

これらのことから論理的に考えて2つの可能性がみちびきだされます。

  1. 我々が罪と思っている事も含めて全て神様の望み(シナリオ)どおり
  2. カトリックの人たちが思っているような全知全能で人を罰する神様はいない

神様がいるのかいないのか、という事は確認しようがないのですが、私は最近、人間に罪なんてそもそもないのではないかと思うのです。

人間に罪はあるのか

よくいいますよね。正義の反対は悪ではなく、もう一方の正義だと。

例えば先日友人と話したなかで、スポーツハンティングの話しがあがりました。

スポーツハンティングとは、山の中の獣を銃などで殺すスポーツです。

殺した獣は肉にして持ち帰ったりなどはせず、そのまま放置します。ただ殺して遊ぶのです。

この事が罪にあたるかどうか、一般的なモラルで語ればヒドイな!と、当然罪にあたるのではないかと思ってしまいますが、実際にそのスポーツを楽しんでいる人たちは、おそらく罪を犯している意識なんてないはずです。

それどころか動物を殺す事によって、その肉が他の動物を生かし、微生物たちは活性化し、土壌が肥え、植物が育ち、その植物は動物達を生かし…というエコシステムを回す事を手伝っている、とも言えます。

殺された獣やその家族は不幸でしたが、獣が死ぬことで利益にあずかる虫や獣や微生物、植物などにとっては幸運だったわけです。

つまり究極のところ、人間にとってやってはいけない事というのは、一つもないのではないかなと。

ただあらかじめ自分の行いによってどのような影響が起こるのかを想像し、その結果どのような事が起こる可能性があるのかという事を覚悟した上のことであれば、と付け加えさせてもらいます。

これが想像できていないと、想像以上につらい事がおこったりして大変なのかなと。まあそれすらも次は精度よく影響を予想できるための経験になるといえるのですが。

迷信は迷信だと認識しておくこと

結局何がいいたいのかというと、迷信はペットのようなもので、可愛がってかたわらに置いておくのはいいけど頼ってはいけないという事ですね。

私自身、昔はなにかよくない事が起こると「あの時にあんな事したからバチが当たったのかなあ」なんて思う事もありましたが、今はそういう迷信めいたものについて一切考えにいれない事にしています。

何か悪い事が起こるとしたら、それは自らの作った原因から結果が生じただけであって、そこに超常的な力のようなものをわずかでも認めてしまうと、世界の一切がそのような影響を受けているように感じられてしまうものだと思います。

またそれらを認めてしまうと超常的な力に頼りきってしまう部分も出てきてしまうのではないですかね。

ダークファンタジー漫画の金字塔「ベルセルク」って知ってますか?

その中に出てくるセリフが好きです。

スクリーンショット 2018 01 16 13 42 30

人事を尽くして天命を待つ。

そして思うに、短い一生の中で尽くせる人事など、存在しないのではないかな。

試行錯誤によって得られた事実と経験を信じて、また試行錯誤の日々が今年もつづきますね。

ちなみにタイトルでは強い事を言っていますが、なんのかんので私も祈ったり願ったりすることはよくあります。

実家の近くの料理屋のコスパとクオリティがやばい件

教会の後、兄の健康を祈念して実家の近所にある居酒屋「お田」に行って家族で食事したんですが、一人3000円のコースでこんなに食べさせてもらえるんですか?という程の料理が次から次に出てきて感動しました。

最初に並んでた料理

IMG 0720

この後に焼き魚、グラタン、天ぷら、ステーキ、デザートが出てきて腹パンに。

最後に出された緑茶も美味しかった!

 

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