エッセイ

どの角度から見るかがすべてだと思う話

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先日書かせていただきました、こちらの記事
http://giraffeong.com/?p=3966

この記事にたいして、古くからの友人に良いコメントをいただきました。

「他人の為に生きる」でも書いて欲しかったなー!

なるほど、確かに「他人の為に生きる」と言えたらどれほどかっこいい事だろうか。

なぜ自分はそう言えないのか。しばらく考えました。

そして僕はできるだけ正直に、いまの自分の気持ちを綴りました。

「他人の為に生きる」というのはあえて言っちゃいけない事の様な気がするんだ。
たとえば他人の為に生きるというのは、その他人から裏切られた時、恨みややるせなさが残ってしまう気がするんだよね。
「他人の為に生きる」というのは耳障りがいいから立派な事の様に思えるけれど、その実、それは他人への依存に似たものなのだと思う。
だから人はまず何より自分の為に生きるべきなのだと思う。自分の為に生きる事が自然と人の為に繋がっているという生き方に俺は理想を感じるんだよね。
そしてとことん自分の為に生きようと思えば、結局のところ、とことん他人の為に生きる事と同じ事になるのだと思う。
そしてとことん自分の為に生きられたなら、そこに後悔はなく、清々しさだけが残ると思う。
これは単に見る角度の問題の話なのだけど、案外そこが重要な気がするんだよね。

この文章を書いてからも、しばらくこの事について考えていました。そうするとちょっと、というか大きな間違いをしている事に気づきました。

ぼくは「案外そこが重要な気がするんだよね。」と書いたのですが、たぶん、そうじゃなかったのです。

物事はどの角度から見るか、それがすべてです。

たぶん、どうやらそうなのだと思うのです。

写真を撮っているとよく思います。

きっとどんな景色も、映すレンズと角度と切り取り方次第で、全て美しく撮影する事が出来るのではないだろうかと。

それが出来ないのは自分が未熟だからなんだろうなあと。

しばらくして友人から返信がかえってきて、その内容に心を打たれました。

他人の為に生きる必要はないと思うけど、他人の為に生きることと自分の為に生きることって両立できるから
自分の為にしつつ他人の為にもなるように工夫する努力が必要だよねと思う
ただ他人の需要と自分の供給にも量や種類にばらつきがあったり、見る角度や向いてる方向で良いものにも悪いものにもなるから、全員の需要を満たすことは出来ない事実も受け入れなきゃいけないよね
去る者は追わず、来るものは拒まずなスタイルでこれからも進んでいこうかと思うよ

彼は昔も今も、僕の素晴らしい友人です。

本日もG線上のきりんにおこしいただきありがとうございます。

大変な時期ですがくもりの無い目で、覚悟と希望を持って世界を選択していけたらと思います。

 

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