エッセイ

伝える事と伝わる事、誰かに助けの手を差し伸べる事のできる資格

この曲は優しさとほのかな憂いの混じった感情を呼び起こしてくれる。

この曲を探している途中で見かけたが、バーンスタインという人がこんな言葉を残しているらしい。

「何よりも素晴らしいのは、音楽が伝えることのできる感情の種類は無限だということだ。言葉で表現できない深い感情までも音楽は明確に示してくれる。」

くるり – 奇跡

先の日曜日、キッチンはーとらんどにて音楽祭があった。

キッチンはーとらんどの常連さんのお母さん(ヤスコさん)が誕生日で、前々から歌のディナーショー的な事をしたいとおっしゃっていた事から実現した、皆が弾ける楽器を持ち寄ってやる音あそびだった。

ヤスコさんの歌う「愛燦燦」を聞いて、改めていい歌詞だなと感動した。

私がいつもお世話になっているヒロさんの歌う「離したくはない」は歌の技量云々の前に、あふれでる彼の人間性を感じてなんだか感極まってしまった。

私はギターを弾いて、皆でヤスコさんに歌を送ったり、彼女の歌に合わせたり、私自身も歌ったりした。

時間はあっという間に過ぎて、とても楽しい一時を過ごした。

その反省会的な事をしたのが先日だったのだが、その時に師匠に言われた事が今も私の中で熱く残っているので、ここに書きおきたいと想う。

奥の席に座るな

「お前が奥の席に座ってどうする?その行動は自分が何もしないって言ってるのと同じだ。人はそういうお前を見ているよ。」

師匠は音楽祭の日の私の行動についてこうおっしゃった。

私は思った「たしかに…。」

意識的か無意識的か、私は確かに店の一番奥の席に座って、心の中では「ここに座っていれば人々の邪魔にならずにやり過ごせるだろう」と思っていた。

最高に極端に言ってしまえば「面倒は避けられるだろう」と思っていた。

しかし今改めて思えば、なんという傲慢かつ怠慢な態度だろうか。

私は深く深く反省した。

思えばそもそも、こういう思考回路自体が自分の中に存在していなかった事にも驚いた。

私は二人兄弟の末っ子で、甘やかされて育ってきた方だとおもう。

その末っ子根性が32歳になった今でも抜けきらずこういう結果を招いたのだ。

私は猛烈に自分を恥じるとともに、悲しい気持ちになったが、こんな事を教えてもらえる自分はなんて幸せなんだろう、とも思った。

師匠にはもちろん、大げさにいうと師匠と私を引きあわせてくれた運命に感謝した。

「俺は、お前に面倒くさい事を言う奴だと思われてもいいって、最近思うようになったよ。」

そういった師匠の気持ちが暖かった。

伝えるもの、伝わるもの

「伝える事と、伝わる事っていうのは違うけんなあ」

師匠はぽつりと言った。

私は思った「たしかに。」

伝える事、これは言葉だと思う。

伝わる事、これは行動だと思う。

結局の所、言葉によって自分が伝えたい事というのはおそらく、半分も伝えきれていないものだと思う。

ある歌詞を引用すれば「壊れる程愛しても3分の1も伝わらない」という。いくら愛している事を伝えても壊れる程の乱暴をはたらいてしまってはと、そういう事なんだろう。

人の行動というのは言葉以上に分かりやすく、もの語るものだと思う。

行動から発せられるメッセージを感じとる器官は、歳を経るごとに敏感になっていくものだと自分自身も感じている。

私は人の行動を観る事と同じように、自分の行動についてもしっかりと観なければならないと感じた。

行動の側面についてばかり話したが、行動とは言葉から生まれるという事もまた事実だと感じる。

人間の底に生じた感情の種が言葉になり、言葉が行動となって世界に影響を与えていくものだと思う。

つまり、言葉も行動も一人の人間の光と影なんだろう。

光を感じた時に、その裏に生じる影の形を想像する力は年齢とともに鋭敏になっていく。

ともだち

「お前が手を差し伸べたとして、その手を握ってもらえるかどうかはお前次第だ」

私は思った「たしかに!」

私が誰かを助ける余裕があったとして、助けたいと願ったとしても、助けてもらうのか、もらわないのかの自由は常に相手にあるのだ。

一見、圧倒的にこちらに選択権があるように見える場合でさえ、その資格が問われるという事は肝に命じておかなければならない。

人間関係を極限までシンプルに考えるとそういう事なのかも知れない。

何度助け合う事が出来たか。これが友情をあらわす一要素であることはどうやら間違いないように思える。

気に入らない奴に助けてもらいたい人はいない。むしろ助けを申しだされる事すら腹立たしい事になりかねないものだと思う。

非力な私はまだまだ自分の事で精一杯で、人を助ける事が出来るような局面に出会う機会はまだまだ少ないが、これから少しずつ人を助ける事が出来るような人間になっていきたいと思っている。

このブログを書くことが、まずはその一助になれば幸いだと思っている。

「ほかには何も要らない。優しい男になろう、くにお。」

師匠は笑いながらいった。

私もつられて笑っていった。

「それって結局、全て持っているという事ですよね。」

本日もG線上のきりんにおこしいただきありがとうございました。

素敵な師匠がマスターをつとめる「キッチンはーとらんど」を皆さん是非よろしくお願いします。
http://giraffeong.com/?p=1212

 

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